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工芸産地めぐり「壺屋焼(育陶園)」

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壺屋の路地はいつ来ても独特の風情があります。育陶園さんでお話を伺いました。

 

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育陶園さんは、新たにデザイナーという役割を設けて壺屋焼の可能性を広げている。

 

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壺屋は、薪を使う登り窯からガス釜や電気釜に変わり作品にも変化が起きた。

 

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休憩室

マメな休憩で、腰を痛めないように工夫しているそうです。

 

かつて生活の必需品である水瓶や酒瓶を作っていたが、

生活様式の変化とともに食器類が大半を占めている。

壺屋は、電気釜に変わり作品にも変化が起きました。

古来の方法による発色などアナログな味わいは薄れるが、

均一に焼ける分、精密なデザイン性にこだわれる。

新たな技法を取り入れ、新鮮な作品を生み出しつつも、

古来からのモチーフを生かした普遍的な美しさもある。

若い女性の職人さんに話を聞くと、すでにこの道15年。

慣れた手つきで正確さと味わいのバランスを取りながら

黙々と作業は進み、心地よい音を立てながら模様が削り出されてゆく。

古代から現代まで様々な文化の交わりの中、陶芸もまた沖縄ならではの成長を続けています。

 

【写真・文 東 将寛】

 

 

 

工芸産地めぐり「三線」

沖縄県三線製作事業協同組合 渡慶次理事長の工房でお話を伺いました。

 

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刃物、20年以上使っては研ぎを繰り返し使い込んできたもの。道具への愛情が感じられます。

 

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三線に使われる黒木の真の部分の成長は、100年でわずか直径10センチにも満たないそうです。

 

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全て手彫りというカラクイ(糸巻き)は、三線を品良くまとめる重要な要素。

 

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0.1~2ミリのフォルムの調整を刃物とヤスリだけで行う。

機械で作ったような精巧さは、実は人の感覚によるものとのこと。驚きです。

 

 

 

「評価は人がするもの、自分でしてはならない。」

 

 

48年間、三線づくりをやってきた渡慶次さん。

日々発見があり、あと10年はやらねばと語る。

手足を酷使する作業には体の管理も大切な要素。

最近、70過ぎて40肩になったそうです。(笑)

材の確保など将来を危惧する一面もありながら、

三線は職人たちを魅了し進化し続けるような気がする。

 

 

「今生んだものが、100年経てば伝統になる。新しい世代にはそれを作ってもらいたい。」

 

 

と語る言葉が嬉しくもあり重かった。

渡慶次さんの三線は、胴(チーガ)、糸巻き(カラクイ)、竿、駒(ウマ)の全てをご自身で制作。

持たせてもらうと、バランスよく体に馴染む感じが気持ち良い。

「手渡す作品は、その人の家宝となってゆくから責任がある。」

注文を受ける際には会って話をして、それから時間をかけて作るとのこと。

 

【写真・文 東 将寛】

 

 

工芸産地めぐり「琉球絣・南風原花織②」

琉球絣事業協同組合さんでのお話2回目です。

 

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藍の花が咲くと染め時

 

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真っ白な絹糸を染め始める

 

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初めはほんのり緑色

 

 

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少し待つと青みが増してくる

1日1回、20日で20回ほど繰り返しあの深い紺地になる。

 

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この状態から、お酒などを加えて発酵させて染料を育ててゆく。

藍は微生物で生き物だからお世話に気を使うとのこと。

 

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その他、草木染めもあり特に黄色は琉球時代最高位の色

絹に染まった光沢を帯びた黄色は確かに高貴なオーラを漂わせている

 

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古代から継承され、新しく生み出されてきた絣模様

新たなかすり模様を生み出すのが困難なくらい、シンプルで多様な模様が存在する

これらを調和させながら配置してゆくだけでも至難の技だ。

 

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デザインされた模様から、織るための糸を染める設計図

信じられないほど細かな作業が各工程にある。

 

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生産量の多い南風原ならではの風景。

 

王府解体後、明治期に民間にも藍染をすることが許可され景気の良い業種だったが

生活様式の変化に伴い、需要の激減、材の高騰、後継者の育成と生活など課題に直面し、

現代の生活の中に着物文化を残してゆくことは大きな課題となっている。

 

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高校卒業して家業を継いだ大城さんはこの道50年。

明治頃に開業し現代で三代目。

「それぞれの役割を信用、信頼してやっていかないとできない。」

ずっしりと心に響く台詞と共に、制作工程を説明していただく。

「絣で描かれているものは、動物、人、自然、生活用品、この四つ。」

絣模様には鳥、手、星、豚の餌箱などたくさんあり

シンプルな線でしか描けない制約の中、創造力に富んだ美しい模様の宝庫となっている。

「絣模様はデザインの原点」と、言われるのも納得。

 

【写真・文 東 将寛】

 

 

 

工芸産地めぐり「琉球絣・南風原花織①」

琉球絣事業協同組合さんに伺いました。

 

 

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染めた糸を、自作の道具で調整をし模様を形成します。

 

 

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琉球絣は分業制で各工程ごとに職人さんがいます。

 

 

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様々な計算を経て、織り機にかけるとデザインされた模様になります。

 

 

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織られたものは、着物以外にも応用できます。

 

 

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カメラが追いつかない速度で糸を結びつける熟練した手業。

 

 

琉球絣は、昭和50年頃生産の最盛期だったそうです。

絣に携わる様々な専門職がいて、那覇のマチヤ(小売り)屋に、地元(県内)の人は仕立てに来ていました。

当時はまだ絣を着る習慣があり、着物とは違う独自の仕立てと着方だったそうです。

家業であった織りに自然と引き戻され今に至るという理事長の大城さん、

500年以上も継承され続けるその神秘性がなんとなく作業している姿から伝わってきました。

 

【写真・文章  東 将寛】